北陸新幹線で約1時間40分の範囲ですが、いろいろと回りたくて、前日の3日に、世話役の朴沢女史、桜友の杜の中野渡女史とで、自動車で行きました。車ですと約4時間の行程です。
上信越自動車道で群馬へ向かう途中の長野県 佐久平ハイウェイショップで休憩しました。
日本とは思えない程の綺麗な風景です。
天気も晴れていましたが、澄み渡るような空気に包まれています。
ヨーロッパの風景のようです。
ともかく世界遺産となった富岡製紙工場の見学をしようという事になり、富岡市へ向かいました。
富岡製糸工場へ道路から入る門です。
途中 幾つものの無料駐車場が在りましたが、製糸工場まで距離が遠いと判断したのが幸いしました。
この後 横に曲がり、時間無制限の500円駐車場に停めました。
受付場からの富岡製糸工場のスナップです。
レンガ造りの鉄板で覆われた窓が印象的です。
朴沢女史が、繭から糸口を引き出し、束ね撚りながら糸巻きに巻き取っているところです。
向かって左側に在るのが繭を煮る鍋で、その下にある電熱器で温度は70℃に保たれています。
この温度は絹糸であるフィブロインを覆っているアミノ酸タンパク質で接着剤の役目をしています。
これがあると、糸がほぐれない為、煮るのですが、この温度以上になるとフィブロインのタンパク質を分解してしまいます。
回転まぶしです。
格子状に区切った軽い木材等が中に通した軸木により、回転するようになっています。
蚕が上えに登って、繭を作るとその重みで自然回転して、満遍なく繭で埋める為に考案された物です。
蚕の性質を利用して、良く考えられて作られています。
現代では、効率の悪いシステム等も多く、見習うべきと感じました。
かつて 富岡製糸工場で稼動していた繭の糸取り装置です。
埃等から守るために、1列はビニールパックされています。
反対側の1列は装置内部を観られるようにパックされていません。
上部の緑色の物は糸巻きの芯で、真ん中の鉄製機器は糸口を巻き上げ、撚っていく装置です。
巻く繭は、下部に観えている黄色っぽい湯たんぽのような箱の奥下に70℃に保たれたお湯の入った長い枡が在り、其処に置きます。
黄色っぽい箱には新たな煮上がった繭がお湯ごと入っており、繭糸が細くなったり、巻き上った時、女工が補充していくシステムとなっています。
繭の保管所の建物の外観です。
湿気から守るために高床式となっています。
居住区や作業場はこれに比し、床下がかなり低く、通風が悪かったと想像されます。
人間は消耗品だった時代と再認識させられました。
女工達の住居である寄宿舎棟です。
規制線が張られており、これ以上傍に近づけないので、どのような環境下に置かれていたのかのリサーチができませんでした。
少し疲れたので、木陰のベンチで休息していた所、ガイド付の団体さんがやってきて、ガイドの説明によれば、この寄宿舎の左手には川が流れており、そんぽ向こう側は一面の桑畑だったそうです。
受付を済ませて、総会会場へ入りました。
人数が多いので、驚いています。
宴会場の様子です。
群馬桜友会顧問 島田氏の「三島事件」についての講演では、現場に居られた生の解説で、新聞報道とはニュアンスが違う所が幾つもありました。
事件は、ちょうど私が高等科に居る時分に起こりましたが、その時に感じたものと現在改めて事件について聞く感じとは違うことに気付きました。
端的に言えば、若い時の純粋さと歳を重ねてまるくなった違いなのでしょうか。
帰りは、立派な前橋市県庁庁舎の展望台より群馬県の地形を、東西南北全てを観る事ができ、北方はちょうどキャップを被せられたように小高い山脈に囲まれ、南西部 関東平野に向かって平地が広がっていく地形が良く分かりました。