「福井 の蕎麦」

 

福井県内でのお蕎麦屋さんでは、殆どで石臼引きの蕎麦を提供しているので、お蕎麦が美味しい県と言われています。

福井県を訪れた時、何はともあれまずは蕎麦をと思い、駅前観光案内所で勧められた駅前商店街にある遊歩庵あみだそばでおろし蕎麦を頂きまし
た。

手打ち太麺のコシのある美味しいお蕎麦で、店主によれば大野産
100%の蕎麦だそうです。

おいしかったです。

その後、春日の近くにある「けんぞう蕎麦」を訪ねました。

ここの蕎麦は福井産と北海道産の蕎麦粉をブレンドしたものですが、細麺でコシが有り、美味しいお蕎麦でした。

漬け汁は普通のおろし汁・おらしわさび汁・とろろ汁の
3種類が楽しめるようになっていますが、その中でもおろしわさび汁では強烈なインパクトを受けました。

この美味しい蕎麦の誕生から食されるまでを私なりに紐解いてみることにします。



まずは蕎麦の品種から見てみましょう。

蕎麦の品種は他の品種と交配し良いので、際だった違いは無いですが、地域ごとの風味・食感の違いがあるように思えます。

福井や北海道・青森・山形等での産地の物は一般に食感が良いとされています。

福井県内各地で、其々在来種を栽培しているようですが、勝山産は寒暖の差が大きく小粒で実の詰まった、甘皮部が厚くコシの強い香り高い蕎麦が採れ、丸岡町のものは美しいうぐいす色の甘皮に覆われ、上品な香りが楽しめる等、地域により少しづつその特性が楽しめると思います。

良質の蕎麦を作るには窒素分が少なく、ミネラル分が多い水はけの良い冷涼な気候が必要となります。

蕎麦はやせた土地でも育つと言いますが、それは育つだけであって、良質の蕎麦ができるということではありません。

逞しく育つということは、土壌からの栄養素の吸収力が強大だと言う事なので、良い蕎麦を育てるには土壌改良を継続的に続けてきた地域の蕎麦が美味しくなるのは当然と思います。



次に蕎麦に含まれる養分や構造を観てみましょう。

組成の殆どはでんぷん主体ですが、タンパク質含有率は全体の15%程度も有り、穀物の中では最高峰となっています。

また、タンパク質の量は小麦粉の1.3倍程度はあるようですが、タンパク質のアミノ酸組成で観ますと小麦粉の2倍以上有り、これは牛乳や卵と互角の体内でのタンパク質の吸収度が高い作物だという事が分ります。

外の硬い殻の内側には、でんぷん質を多く含む胚乳部があり、それを包む甘皮と中心部の胚芽部にはタンパク質が多く含まれていますので、白い蕎麦より甘皮の色が現れる黒っぽい蕎麦の方が栄養価や香りは格段に良くなると思います。

ミネラル分を観ますと、カリウムでは小麦粉の4倍、マグネシウムは11倍、リンは5.5倍、鉄・亜鉛・銅の含有量も小麦の5倍から8倍程度、ビタミンではビタミンKやナイアシンの含有量が7倍程度も有ります。

他にもルチンが含まれており、ビタミンCとの複合作用により、毛管血管を丈夫にするだけで無く、血圧降下にも寄与し、更にカテキン類、プロアントシアニンも含んでいるので、抗酸化・抗腫瘍・血糖降下作用も期待されます。

このように総合的な栄養分を多く取り入れる作物なので逞しく育ち、種蒔きから収穫まで約3ヶ月しか掛からず、その間に土壌成分が吸い尽くされるのです。

また、多種類の酵素も甘皮部に多く含まれていますが、水分と触れると活性化して変質してしまうので、製品としての安定性に欠けるのが欠点となっているようです。

その為、小麦は製粉して酸化熟成させながら低温保管しますが、蕎麦は硬い殻がついたままの玄蕎麦で低温保管・流通しており、美味しく食するには、食する直前に蕎麦粉を作るのがベターと言えます。

 

次に蕎麦種子から蕎麦粉を作るやり方を観てみましょう。

蕎麦粉を作るには、玄蕎麦(種子)から殻を取り除くことから始めますが、やみくもに行ってはいけません。

まずは、収穫した蕎麦種子に混ざっている落ち葉・石・土等の異物や埃を落とす 磨きという作業を行います。

ごみ等 軽い物と蕎麦種子は重さが違うので、まずは扇風機等の風で選別して、手前に落ちた物を水に沈める事により、石や泥が底に沈むので、浮き上がった実を選別した後、よく水洗いをして表面に付着している雑菌を落とします。

イネ科には麦角という細菌がよく付着し、それが繁殖するとアルカロイドという猛毒成分を生成します。

ヨーロッパやアメリカ等では大麦・小麦・ライ麦等に付着した菌により、過去何十万人と死亡しているので、現在麦系流通には厳重な細菌検査が施されています。

因みに米には付きませんし、蕎麦はタデ科なので麦角菌は付きませんが、雑菌が繁殖し易いので、十分に気を付けないとカビ臭くなってしまいます。

このように玄蕎麦には雑菌が多く付着するので、それなりに注意しながら製粉をしても、そば粉には小麦粉の、一万倍位の細菌が付着すると言われています。

多量に市販販売するものは、菌を減らす為、玄蕎麦自体や加工品の蕎麦粉を熱処理していますが、熱損傷が発生するので風味や食感がその時点で減衰してしまいます。

現在多量処理を行う際の常温殺菌する技術がまだまだ未開発なので、その開発・運用技術の向上を望むものです。

 

次に殻を取り去る丸抜と言われることを行いますが、できるだけ粒を揃え、同一条件下での殻除去をし易くしてから脱穀機にかけ、殻と抜き身に分けます。この抜き身(甘皮に包まれた内部の実)を石臼にかけます。

この段階になると、観られた方も多いと思いますが、良く観察すると面白いですよ。

石臼を回していくと、最初に粉として出るのは胚芽を取り囲んでいる胚乳部分で、これがでんぷん含有量が多い一番粉と言われるものです。

この時、石臼は高速回転させてはいけません。

市販の多量生産している蕎麦はローラーで強い圧力をかけながら高速回転させて製粉していくので、摩擦熱とその強力な圧力により、含有している成分が破壊変質し、揮発成分である蕎麦独特の香りが損なわれてしまうからです。

蕎麦は熱に対して非常に弱い性質を持っており、いわゆる焼けた蕎麦粉となると、茹で上げた後の色味の変化も急速に発生しますので、注意を要します。

更に甘皮・胚芽部もが粉砕され胚乳部と混ざり合うので厳密な1番粉や2番粉等の区分けもできなくなります。

低速回転での石臼では、胚芽や甘皮は引きちぎられる程度では無く、捩られながら中の胚乳部が押し出されながら粉砕され、石臼の外側に排出されます。

下に溜まった粉は粉砕された胚乳部と、それよりはかなり大きな塊になっている捩れた甘皮部や胚芽部が混じっていますので、ふるいにかけて良質な1番粉を選別できます。

 

次に振るいに残った甘皮部や胚芽部の大きな塊を再度石臼にかけて引きます。

すると壊れきっていなかった胚乳部の塊や、捩れの限界に達していた胚芽部が粉砕されて粉となりますが、甘皮部は弾力がある為、捩れが酷くなりますが粉砕までにはならず、共に石臼の外側に排出されます。

これをふるいにかけると、残った胚乳部とタンパク質の豊富な胚芽部が混ざった薫り高い2番粉となります。

更に振るいに残ったものを石臼にかけると、更に残った胚芽部の塊や甘皮部の塊が粉となり、排出されて3番粉ができます。

これは蛋白質等が豊富で栄養価は高くなりますが、癖の有る風味が出てくるので、好みが分かれると思います。

また、このように種の部位毎に製粉を分けずに、殻付の玄蕎麦のまま挽いてしまうものを挽きぐるみと呼んでいますが、蕎麦自体の風味が楽しめる為、愛好家達はこれを好むようですが、殻の外側に付着している雑菌をよく水洗いして落としておくのは基本中の基本です。

 

次に蕎麦粉の好みとつなぎについて観て見ましょう。

江戸時代、江戸では江戸風という白い更級蕎麦が流行していました。

これは、胚乳部のでんぷん成分が多い1番粉を使用しているので、つなぎに使うタンパク質が乏しく、それを補うための小麦粉が多く使用されていました。

反面 地方では全粉蕎麦や2番粉・3番粉を使用した色の黒っぽい香り高いものが食されていたようで、今でもこの傾向が強いように感じます。

また、蕎麦の麺はそばきりと言われ、「そば」と言えばこれを指します。

蕎麦に含まれるタンパク質は小麦のようなグルテンには成らず粘り気も無いので、蕎麦麺にするためにはつなぎとして小麦粉や、やまいも等が用いられる場合が多いのですが、蕎麦粉のみからも蕎麦麺を作る方法も生まれてきました。

それは、少量の蕎麦粉に予め熱湯を注ぎ、捏ねて粘り気を出した上で、他の蕎麦粉を加えていくやり方で、蕎麦100%の麺を作ることができるようになりました。

 

次に、食べ切るだけの蕎麦粉を都度挽いて作るのは現実的で無いので、多めに挽いた蕎麦粉の保管について観て見ましょう。

蕎麦粉は劣化が激しいので、保管には十分に注意を払わなければいけません。

蕎麦屋で玄蕎麦からの蕎麦粉生成を行わない場合、蕎麦粉の仕入れは、2日に1回程度 必要な量だけ届けてもらうのが、鮮度や衛生面・味香りから観るとベストと思います。

粉にした状態での保管はできるだけ、作業単位に近い分量毎を密閉した袋に入れて、高温多湿の厨房内で無い冷暗所に保管することが必要ですし、複数個の袋が有れば、在庫は先入れ先出し法で行います。

どうしても数日の保管が必要とされる場面では、当然密閉した袋に低温保存しますが、温度差が5℃以上ある場合は結露して内部に水蒸気が発生し、その水分で品質が劣化しますので、十分な注意が必要です。  

ここで、昔から伝わる蕎麦屋での木鉢下という蕎麦粉の保管について観て見ましょう。

冷蔵技術が未発達であった時代、蕎麦粉をどう保存したら良いかを先人達は考え抜き、最適な保存方法を編み出しました。

木鉢の中に蕎麦粉と小麦粉とを一定の割合で混ぜた粉を入れておくと、カビずに保存できたので、この混合物を木鉢下と言う様になりました。

製粉後の粉は、表面積が増えるので水分を吸収したり、排出したりする量が増加します。この水分の吸収許容量が蕎麦粉は小さいのですが小麦粉は大きいので、この性質の違いを利用したのが木鉢下で、蕎麦粉が水分を吸収しきれなくなると、小麦粉がそれに代わって水分を吸収し、逆に乾燥しすぎたときは蕎麦粉が小麦粉の水分を吸収することによって、蕎麦粉単独で置くよりも、鮮度のよい状態を長く保つことができたのでした。

2種類の粉を混ぜるには、割板と呼称される木板2枚を両手に持ってよくかき混ぜます。混ぜる比率は蕎麦屋毎に異なりますが、蕎麦粉一杯に小麦粉一杯ならば同割、蕎麦粉二杯に小麦粉一杯ならば七三、蕎麦粉三杯に小麦粉一杯が町場の二八、蕎麦粉四杯に小麦粉一杯が二八、蕎麦粉五杯に小麦粉一杯を外二と呼びます。

木鉢下の中で蕎麦粉と小麦粉をよく混ぜ合わすことにより、両方の粉の湿度が等しくなり、蕎麦粉を練る時に、こね水を加えたときの水回しがやり易くなります。

現在では、冷蔵技術が発達していますので、玄蕎麦を冷蔵保存し必要に応じて製粉すると、新鮮さが失われず、新そばに近い風味や色調を持ったそば粉を製粉することができます。

最後に食し方を観てみましょう。

蕎麦はズズーと音を立てて漬け汁よりすすり上げ食しますが、西洋人等からは行儀が悪いと観られています。

果たして行儀が悪いのでしょうか?私はそうでは無いと思っています。

文化の違いとかでは無く、西洋にもそのような習慣があるからなのです。

彼等はワインをティーストする時に、口をすぼめて空気を混ぜながらズズズーと音を立てて吸い込みます。

これはワインの香気を含ませた空気を口に入れることにより、その香りが咽喉部から鼻腔に達してより匂うからなのです。

蕎麦も喉越しが良いと表現しますね。あれは喉を通過する時に蕎麦のつるっとした感じと共に香気がフワーと鼻腔に届くからなので、食し方としては極みとでも表現すべきと思います。

決して恥ずかしがらずに、外国人にもワイン試飲と同様と説明して、共にズズズーと高らかに音を立てて食しましょう。